目次
KPIは「追いやすさ」ではなく「KGIへの効き」で選ぶ
現場でよくあるKPIの決め方はこんな感じです。
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「とりあえずCVRをKPIにしておこう」
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「クリック率が上がれば、たぶん売上も上がるはず」
この結果、
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KPIは改善しているのに、売上(KGI)はほとんど変わらない
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「いろいろやってます」感は出ているけれど、経営層にロジカルな説明ができない
という状態に陥りがちです。
本来KPIは、
「このKPIをどれだけ動かしたら、KGIがどれくらい変わりそうかを数字で説明できる指標」
であるべきです。
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売上分解(売上の構造を数式で整理)
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感度分析(KPIを動かしたときのKGIインパクト試算)
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A/Bテスト(施策が本当にKPIを動かしたか検証)
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LTV・コホート分析(中長期のKGI寄与を見る)
さらに、最後には記事と連動したExcelテンプレート(感度分析+LTV/コホート付き)をご用意しています。
1. まずは「KGI→KPI→施策」の構造をつくる
1-1. KGIは1つに絞る
はじめに、プロジェクトのKGIを1つに決めます。
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例1:月間売上1,000万円
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例2:月間新規受注数150件
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例3:月間MRR(サブスク売上)300万円
KGIが「売上も粗利も会員数も…」と増えすぎると、
KPI設計や施策の優先順位がブレやすくなります。
「このプロジェクトでは、〇月までに〇〇を△△まで伸ばす」
と、1本のゴールをまず明確に言語化しましょう。
1-2. KGIを“数式レベル”で分解する
ECサイトの例で考えます。
売上はシンプルにこう分解できます。
売上 = セッション数 × CVR(購入率) × 平均購入単価(AOV)
さらに、それぞれを少し分解すると:
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セッション数
= 広告流入 + オーガニック流入 + SNS + メルマガ + … -
CVR
= 商品詳細ページ到達率 × カート到達率 × 注文完了率 -
平均購入単価(AOV)
= 1回あたり購入点数 × 商品単価
ここまで分解しておくと、
「この施策は、どの変数(KPI候補)を通じてKGIに効くのか?」
がハッキリします。
1-3. KPI候補と施策をマッピングする
分解した指標ごとに、施策をひも付けます。
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セッション数向上
→ 広告出稿、SEO、SNS運用、メルマガ、アフィリエイト など -
CVR向上
→ LP改善、導線最適化、在庫表示、レビュー表示、送料無料ラインの見直し など -
平均単価向上
→ アップセル、クロスセル、セット販売、価格改定 など
このときのポイントは、
施策 → 動かすKPI → 最終的に効くKGI
の矢印を、論理的に説明できる状態を作ることです。
2. 売上分解×感度分析で「KPI→KGIインパクト」を試算する
ここからが、「どうやって検証するか」の具体的なHowです。
今回は重回帰分析ではなく、
分解モデル+感度分析でシンプルに考えます。
2-1. 売上分解の式を前提にする
ECの場合、売上はこうでした。
売上 = セッション数 × CVR × 平均購入単価
ここから、ざっくり以下が言えます:
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セッションを1増やすと
→ Δ売上 ≒ 平均CVR × 平均単価 -
CVRを0.01(=1pt)上げると
→ Δ売上 ≒ 平均セッション数 × 0.01 × 平均単価 -
平均単価を100円上げると
→ Δ売上 ≒ 平均セッション数 × 平均CVR × 100
つまり、平均値さえ分かれば、KPIをどれだけ動かしたときのKGIインパクトを試算できるわけです。
2-2. 実際の数字で感度を見てみる(サンプル)
架空ECの12週分データから平均値を取ると、例えば:
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平均セッション数:約49,255
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平均CVR:約2.1%(0.021前後)
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平均AOV:約8,027円
とします(※値はサンプルです)。
このときの感度分析はこうなります。
ケース1:セッションを+1,000増やしたら?
Δ売上≒平均CVR×1,000×平均AOV\Delta売上 ≒ 平均CVR × 1,000 × 平均AOV
= 0.021 × 1,000 × 8,027 ≒ 約169,000円
「セッション1,000増やすと、平均的な週なら売上+約17万円くらい効きそう」
ケース2:CVRを+0.01(=1pt)上げたら?
Δ売上≒平均セッション数×0.01×平均AOV\Delta売上 ≒ 平均セッション数 × 0.01 × 平均AOV
= 49,255 × 0.01 × 8,027 ≒ 約3,953,788円
「CVRを1ポイント上げると、平均的な週なら売上+約395万円効きそう」
ケース3:平均単価(AOV)を+100円上げたら?
Δ売上≒平均セッション数×平均CVR×100\Delta売上 ≒ 平均セッション数 × 平均CVR × 100
= 49,255 × 0.021 × 100 ≒ 約103,000円
「平均単価を100円上げると、平均的な週なら売上+10万円ちょっと効きそう」
※あくまで「平均的な週」でのざっくり試算ですが、
KPIごとの“効き方の違い”が直感的に見えてきます。
2-3. KPIの優先順位を決めるときの軸
この感度をベースに、KPIの優先順位を決めるときは、
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動かしたときの売上インパクトの大きさ(効きの強さ)
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それを動かす難易度(コスト・工数・リスク)
の2軸で考えると整理しやすくなります。
例:
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CVR +0.5pt 改善
→ 週あたり売上+約200万円のポテンシャル
ただし、LP全面改修で工数大 -
セッション +5,000
→ 週あたり売上+約85万円のポテンシャル
広告運用で短期的に調整しやすい -
単価 +100円
→ 週あたり売上+約10万円のポテンシャル
値上げによる離脱リスクは慎重に考慮が必要
このように、
「効きの強さ × 動かしやすさ」
でマトリクスを作ると、
どのKPIから手を付けるかの議論が一気にしやすくなります。
3. A/Bテストで「施策→KPI→KGI」の因果を確認する
感度分析はあくまで「構造」からの期待値です。
実際に施策が効いているかは、A/Bテストで確かめるのが王道です。
3-1. テスト前に「KGI換算」まで決める
LP改善の例で考えます。
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現状CVR:2.0%
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改善後目標CVR:2.35%(+0.35pt)
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月間セッション数:50,000
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平均単価:8,000円
このとき、
A/Bテスト実施前の段階で、こう試算できます。
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Aパターン(現状):
売上 = 50,000 × 2.0% × 8,000 = 8,000,000円 -
Bパターン(改善案):
売上 = 50,000 × 2.35% × 8,000 = 9,400,000円
→ 差分:+1,400,000円 / 月
つまり、
「このLP改善は、うまくハマれば月140万円ぶんの売上押し上げポテンシャルがある」
と事前に説明できます。
3-2. テスト結果をKGIまでつなげて説明する
2週間テストした結果、次のようになったとします。
| パターン | セッション数 | CV数 | CVR | 平均単価 | 売上 |
|---|---|---|---|---|---|
| A(現状) | 25,000 | 500 | 2.0% | 8,000円 | 4,000,000円 |
| B(改善) | 25,000 | 587 | 2.35% | 8,000円 | 4,696,000円 |
この結果を、月間セッション50,000の世界に当てはめると:
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現状相当:8,000,000円
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改善後適用:9,400,000円
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差分:+1,400,000円 / 月
なので、レポートではこう書けます。
「LP改善によりCVRが2.0% → 2.35%(+0.35pt)改善。
現在のトラフィック水準に当てはめると、月あたり約140万円の売上インパクト。」
ここまで言い切れると、
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なぜCVRをKPIにしたのか
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なぜこのLP改善に投資する価値があるのか
を、KGIベースで説明できます。
4. LTV&コホート分析で“中長期のKGI寄与”を見る
短期の売上・CVだけを追っていると、どうしても短期志向になりがちです。
特にサブスクやリピート商材では、LTV(顧客生涯価値)がKGIの本質になります。
4-1. LTV分析:チャネルや施策ごとの「顧客の質」を見る
まずは、顧客単位のLTVをざっくり出しておきます。
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customer_id
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初回購入日
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流入チャネル(広告A / 広告B / オーガニック …)
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現在までの累計購入金額(= LTV)
これをチャネル別に集計すると、例えば:
| 流入チャネル | 平均CPA | 平均LTV |
|---|---|---|
| 広告A | 4,000円 | 19,000円 |
| 広告B | 2,500円 | 6,500円 |
| オーガニック | 500円 | 21,000円 |
のように、
「CPAは高いけど、LTVベースでは広告Aが一番おいしい」
といった“顧客の質”が見えてきます。
ここでのポイントは、
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短期KPI(CPA・当月売上)だけで評価すると、LTVの高いチャネルを削ってしまうリスクがある
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LTVという中長期KGI視点でKPIや予算配分を見直す必要がある
ということです。
4-2. コホート分析:施策後の顧客がちゃんと“育っているか”を見る
LTVの平均だけでは、
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どのタイミングで獲得した顧客が“当たり”なのか
-
新しい施策が「その後の売上」に効いているのか
が見えにくいです。
そこで登場するのがコホート分析です。
コホート分析のイメージ
この記事では、以下のように定義します。
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コホート軸:初回購入月(2025年1月 / 2月 / 3月 …)
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経過軸:獲得からの経過月(0ヶ月 / 1ヶ月後 / 2ヶ月後 / 3ヶ月後 …)
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指標:1人あたり累計LTV(円)
例として、こんな表を考えます。
| コホート(月)\経過 | 0ヶ月(獲得月) | 1ヶ月後 | 2ヶ月後 | 3ヶ月後 |
|---|---|---|---|---|
| 2025年1月獲得 | 6,000 | 7,500 | 8,200 | 8,600 |
| 2025年2月獲得 | 6,200 | 7,900 | 8,800 | 9,300 |
| 2025年3月獲得 | 6,300 | 8,200 | 9,400 | 10,200 |
(※各セルは「そのコホートの顧客1人あたり累計LTV」のサンプル)
コホート表の読み方
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行方向(同じコホート内)
→ 「同じ月に獲得した顧客が、時間とともにどれくらい売上を積み上げているか」 -
列方向(同じ経過月同士)
→ 「新しいコホートほど、同じ経過月でLTVが高くなっているか」
例えば、3ヶ月後LTVを見ると:
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1月コホート:8,600円
-
2月コホート:9,300円
-
3月コホート:10,200円
となっていれば、
「2月以降に獲得した顧客ほど、3ヶ月以内に積み上がるLTVが高い」
→ 2月に入れたオンボーディング施策は、中長期売上(KGI)にも効いている可能性が高い
という示唆が得られます。
(技術補足)Excelピボットで「1人あたり累計LTVコホート」を作るコツ
本文ではシンプルに
行:初回購入月(コホート)
列:経過月
値:顧客1人あたり累計LTV
と書きましたが、Excelのピボットテーブルだけで「顧客1人あたり累計LTV」を一発で自動計算するには少し工夫が必要です。
実務では、次のように2つのピボットテーブルを作り、割り算で組み合わせるやり方が現実的です。
Step 0:前提となる生データ
トランザクションデータとして、行ごとに1注文、以下の列を準備します。
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customer_id(顧客ID) -
acquisition_month(初回購入月:2025-01, 2025-02…) -
elapsed_month(経過月:0,1,2,3… ※初回購入月からの月数) -
amount(購入金額)
elapsed_month は、初回購入月との差分を関数やPower Queryで計算しておきます。
Step 1:ピボット1で「コホート×経過月ごとの累計売上」を出す
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上記データを元にピボットテーブルを作成
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フィールド配置
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行:
acquisition_month(初回購入月) -
列:
elapsed_month(経過月) -
値:
amount(購入金額の合計)
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-
値フィールド(amount)の設定で、
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「値の表示形式」→「累計(Running Total In...)」を選択
-
基準フィールド:
elapsed_month
-
→ 各コホート × 経過月ごとの**累計売上(合計金額)**のピボットができます。
Step 2:ピボット2で「コホートごとの顧客数(分母)」を出す
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同じデータから、別のピボットテーブルを作成
-
フィールド配置
-
行:
acquisition_month(初回購入月) -
値:
customer_id(顧客IDのユニーク数)
-
Excelのバージョンによっては、
-
「値フィールドの設定」で集計方法に Distinct Count(データの個数(異なる値)) を選ぶ必要があります(「データモデルに追加」が必要な場合あり)。
ここで出る数値が、各コホートの顧客数(分母)になります。
Step 3:ピボット1 ÷ ピボット2 で「1人あたり累計LTV」を計算
別シートや別セルで、次のような式を書きます。
=GETPIVOTDATA("amount",$A$3,"acquisition_month","2025-02","elapsed_month","3")
/
GETPIVOTDATA("顧客数",$G$3,"acquisition_month","2025-02")
イメージとしては、
「2025年2月コホート × 経過3ヶ月」の累計売上 ÷ 2025年2月コホートの顧客数
=「2025年2月コホートの3ヶ月後時点における1人あたり累計LTV」
となります。
こうやって「1人あたり累計LTV」のコホート表を作り、
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行方向:同一コホートの“育ち方”
-
列方向:施策前後のコホート比較
を見ることで、施策の中長期KGI寄与を把握できます。
5. KPI設計〜検証の実務フローまとめ
ここまでの内容を、日々の業務で使えるフローとして整理します。
Step1. KGIを1つに絞る
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例:「2025年12月までに月間売上1,000万円」
Step2. KGIを数式で分解し、KPI候補を洗い出す
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売上 = セッション数 × CVR × 平均購入単価
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各要素(セッションの内訳・CVRの構造・単価の構造)を整理
Step3. 感度分析で「KPI→KGIインパクト」の感覚をつかむ
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平均セッション / 平均CVR / 平均AOVを計算
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セッション+X、CVR+Y、単価+Zで売上がどれくらい変わりそうか試算
Step4. KPIの優先順位・ターゲット値を決める
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感度(効きの強さ)× 実行難易度 で優先順位づけ
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KPIとして採用する指標と目標値(例:CVR+0.5ptなど)を設定
Step5. 施策ごとに「ターゲットKPI」と「KGI換算」をセットで設計
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LP改善 → ターゲットKPI:CVR
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事前に「CVR+0.5ptで売上+〇万円」とKGI試算しておく
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実施後は、KPI変化 → KGI換算までレポート
Step6. LTV・コホートで中長期のKGI寄与をチェック
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チャネル別LTVで「質の良い顧客」を把握
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コホート分析で「施策以降に獲得した顧客が、過去コホートよりも“育ちが良いか”」を見る
6. まとめ
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KPIは「なんとなく管理しやすい数字」ではなく、KGIへの効き具合で選ぶべき。
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今回のように構造がはっきりしている場合は、
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売上分解(セッション×CVR×単価)
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感度分析(KPI→KGIインパクト試算)
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A/Bテスト(施策が本当にKPIを動かしたか検証)
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LTV / コホート分析(中長期で見たKGI寄与)
だけで、十分「数字で語れるマーケティング」が実現できる。
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難しい重回帰分析を無理にやるより、
分解・感度・コホートをきちんと回す方が、現場では役に立つケースが多い。
この記事とテンプレを起点に、
「このKPIをこう改善した結果、KGIがこう変わった」
と定量的に説明できるKPI設計・レポートの型を、ぜひチーム内に定着させてみてください。
試算シートをご用意しましたので、ご活用ください。
