目次
多次元尺度法(MDS)とは何か?
多次元尺度法(Multidimensional Scaling:MDS)は、
「似ている・似ていない」といった感覚的な距離を、二次元や三次元の空間上にマップとして可視化する統計手法です。
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ブランド同士のイメージの近さ・遠さ
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商品コンセプトの競合状況
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顧客が感じている心理的な距離
こうした目に見えない認知の距離を、ポジショニングマップとして描き出せるのが MDS の最大の特徴です。
マーケターにとって、MDS は
「お客様の頭の中にあるブランド地図を、そのまま取り出せるツール」
と考えるとイメージしやすいでしょう。
なぜ多次元尺度法がマーケティングで重要なのか?
マーケティングで戦略を決める際、よくある悩みはこんなものです。
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自社ブランドは、顧客からどんなポジションに見られているのか?
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本当に競合はA社なのか? 顧客の認識上はB社のほうが近いのでは?
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「高品質」「低価格」以外に、どんな軸で比較されているのか?
売り手側の「想定ポジション」と、買い手側の「認知ポジション」がズレていると、
広告コピーや商品開発が空振りしやすくなります。
多次元尺度法を使えば:
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顧客がどんな評価軸でブランドを比較しているか
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各ブランドの相対的な位置関係(どれとどれが近い・遠いか)
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新しいブランドや商品を投入すべき空白ポジション
を視覚的に理解することができます。
多次元尺度法で使うデータの種類
MDSで扱うデータは、大きく分けて2種類あります。
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類似度・非類似度データ(近さ・遠さ)
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例:
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「AブランドとBブランドはどれくらい似ていますか?(1〜7)」
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「A商品とC商品はどれくらい違うと感じますか?(1〜7)」
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顧客にアンケートで尋ねて「ペアごとの距離感」を取得します。
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属性評価データを距離に変換したもの
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例:
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「デザイン」「価格」「安心感」「革新性」など複数項目を評価してもらい、
そのプロフィールの差からブランド間の距離を計算して使う方法
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マーケティングリサーチでは、ブランド間の類似度を直接聞く形式がよく使われます。
多次元尺度法の種類:メトリック vs ノンメトリック
MDSには大きく分けて2つのタイプがあります。
1. メトリックMDS(Metric MDS)
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データ:間隔尺度・比率尺度(例:数値として意味のある距離)
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特徴:
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類似度・非類似度の「数値そのもの」の関係をできるだけ保つようにマップ化
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用途:
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実測データ(物理的距離、売価差など)からマップを作りたいとき
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2. ノンメトリックMDS(Non-metric MDS)
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データ:順序のみ意味がある(例:「1>2>3」という大小関係)
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特徴:
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数値そのものではなく、「順序」が保たれるようにマップ化
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マーケティングでよく使われるのはこちら
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顧客アンケートの「近い・遠い」の順位関係を重視するため
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実務で「ポジショニングマップを作りたい」場合は、
ノンメトリックMDS + 類似度データという組み合わせが一般的です。
多次元尺度法の基本ステップ
ここでは、顧客にアンケート調査を実施してデータを集める前提で、
マーケティング担当者がMDSを使ってポジショニングマップを作る流れを整理します。
ステップ1:調査対象(顧客)と分析対象のブランド・商品を決める
まず、MDSに使うデータを集めるために、
どの顧客に(=回答者)、どのブランド・商品について質問するかを決めます。
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誰に聞くか
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例:20〜40代の炭酸飲料ユーザー
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既存会員・アプリユーザー・資料請求者 など
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何について聞くか(ブランド・商品)
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例:
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炭酸飲料ブランド10個
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クレジットカードブランド8個
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SaaSツール5〜10社 など
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ブランド・商品の数が多すぎると、
1人の回答者が評価しなければならない組み合わせが増え、回答負荷が高くなります。
そのため、実務的には 5〜15個程度 に絞るのが現実的な範囲です。
ステップ2:類似度・非類似度の調査を設計する
例:炭酸飲料ブランドA〜Eの場合
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質問例:
「次のブランドの組み合わせについて、似ていると思うほど7、高いほど『似ていない』と感じるほど1で評価してください」
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A-B, A-C, A-D, A-E, B-C, … といった全ペアを評価してもらいます。
(ブランド数が増えるとペア数は急増するので、実務ではサンプリングすることも多いです)
ステップ3:距離行列を作る
アンケートの結果から、各ブランド間の類似度を距離(遠さ)に変換し、
ブランド × ブランド の行列(距離行列)を作ります。
イメージとしては、こんな表です(数値は例):
| A | B | C | D | |
|---|---|---|---|---|
| A | 0 | 1.2 | 3.1 | 2.4 |
| B | 1.2 | 0 | 2.8 | 3.5 |
| C | 3.1 | 2.8 | 0 | 1.1 |
| D | 2.4 | 3.5 | 1.1 | 0 |
ステップ4:MDSを実行し、低次元空間に配置する
統計ソフトや分析ツール(R、Python、SPSS、Excelアドイン、BIツールなど)でMDSを実行すると、
それぞれのブランドに対して 「X座標」「Y座標」 が計算されます。
| ブランド | 次元1(X) | 次元2(Y) |
|---|---|---|
| A | -0.8 | 0.4 |
| B | -0.6 | 0.5 |
| C | 0.9 | -0.2 |
| D | 0.5 | -0.7 |
これを散布図としてプロットすると、ポジショニングマップが完成します。
ステップ5:軸に意味づけを行う(解釈する)
MDSの出力は、単なる座標にすぎません。
マーケターの腕の見せ所は、ここからの「解釈」です。
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次元1(X軸):
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左側に「ナチュラル・健康」、右側に「刺激・強炭酸」のブランドが集まっている
→ 「ヘルシー vs 刺激的」軸と解釈
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次元2(Y軸):
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上側に「高価格・プレミアム」、下側に「低価格・カジュアル」が並んでいる
→ 「プレミアム感」軸と解釈
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このように、データから逆算して意味のあるラベルを付けていくのが、
MDSの実務での重要ステップです。
実務での多次元尺度法の活用例
1. ブランドポジショニングの把握
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自社ブランドが「どこと近く、どこと離れているか」を一目で把握
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顧客が実際に競合と見なしているブランドが分かる
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自社の想定ポジションとズレていないかチェックできる
2. ホワイトスペース(市場の空白)の発見
ポジショニングマップ上で
「ブランドがほとんど存在しないエリア」は新規参入のチャンスかもしれません。
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例:
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「ヘルシー × 手頃な価格」の炭酸飲料が空いている
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「高機能 × 低ストレスなUI」のSaaSが少ない など
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新商品のコンセプト設計に、MDSのマップは非常に役立ちます。
3. ブランド再ポジショニング戦略
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自社が「価格は中程度だが、実際には高価格帯と見なされている」
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「イノベーティブだと思ってほしいが、クラシック志向に見られている」
といった認知のズレが明らかになった場合、
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コピーの修正
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クリエイティブの方向性変更
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コラボ・キャンペーンの企画
など、具体的な施策につなげることができます。
4. 顧客セグメント別の比較
同じMDS分析をセグメント別に作成すると:
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若年層ではA社とB社が近く見えている
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シニア層では、むしろA社はC社に近いポジション
といった、ターゲット別の認知の違いを可視化できます。
これは「どのセグメントにどの訴求を打つべきか」を考えるうえで非常に有用です。
多次元尺度法を使う時の注意点・落とし穴
1. 軸の解釈は必ずしも一意ではない
MDSは「顧客の認知構造」をうまく表現してくれますが、
軸にどんなラベルをつけるかは、あくまで人間の解釈です。
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分析チームだけで完結せず、
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営業、商品企画、ブランド担当など
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現場に近いメンバーも交えて解釈すると精度が上がります。
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2. 次元数の選択
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通常は二次元(2D)が最もよく使われます(直感的でわかりやすい)。
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しかし、情報量としては本来もっと多くの次元がある場合も。
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2Dでは説明しきれない場合、
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3Dマップや、別の分析(因子分析やクラスター分析など)と組み合わせることも検討しましょう。
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3. データ品質が結果に直結する
MDSは、入力された距離(類似度データ)に非常に敏感です。
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アンケート設計が雑だと
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回答者が理解できず、適当に回答し、結果の信頼性が落ちる
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サンプル数が少なすぎると
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特定の回答者の癖に引っ張られる
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MDSを行う前に、調査設計とサンプル設計に十分な時間をかけることが重要です。
多次元尺度法を実務に取り入れるためのツール選択
データ分析の専門家がいなくても、MDSを実務に取り入れることは可能です。
代表的な選択肢は次の通りです。
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統計ソフト・BIツール
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SPSS、JMP、各種BIツールなど
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GUIで操作でき、マップも自動生成してくれるので、非エンジニアでも比較的扱いやすい
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R / Python などのオープンソース
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R:
cmdscale、isoMDSなどの関数でMDSを実行可能 -
Python:
scikit-learnのMDSクラスなど -
自社のデータ分析基盤に組み込める柔軟性が強み
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オンライン調査ツール + 分析機能付きサービス
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Webアンケートの作成から集計・可視化まで一気通貫で行えるツールも増えています。
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「ポジショニングマップ機能」や「MDS分析機能」が搭載されているものを選ぶと、マーケ担当者だけでも運用しやすくなります。
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多次元尺度法と組み合わせると効果的な分析
MDSは単体でも強力ですが、他の分析手法と組み合わせると、
戦略策定に直結するインサイトを得やすくなります。
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クラスター分析
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MDSマップ上にクラスターを重ねることで、
「似た認知を持つブランド群」を明確に区分できる
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因子分析
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属性評価データから「潜在的な評価軸」を抽出し、
MDSの軸解釈に役立てる
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共分散構造分析 / 回帰分析
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ポジションと購買意向・満足度の関係をモデル化し、
「どの方向にポジションをずらすと売上インパクトが大きいか」を検討できる
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多次元尺度法をマーケティングの「思考ツール」として使う
多次元尺度法(MDS)は、単なる統計テクニックではなく、
「顧客の頭の中」を可視化し、戦略議論を深めるための思考ツールです。
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顧客がブランドをどう見ているかを把握したい
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本当に戦うべき競合と、狙うべきポジションを見極めたい
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新商品・新ブランドのコンセプトを、データに基づいて設計したい
こうしたニーズを持つマーケティング担当者にとって、
MDSは一度きちんと体得しておきたい分析手法の一つです。
まずは小さなプロジェクトでも構わないので、
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対象ブランドを5〜10個に絞る
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類似度アンケートを設計する
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分析ツールでMDSを実行し、ポジショニングマップを描く
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チームでマップを囲んで議論する
というサイクルを回してみてください。
数字の羅列だった調査結果が、一気に「戦略の地図」に変わる感覚を得られるはずです。